2018.10.23
人身傷害保険は、現在、殆どの自動車保険に付いている。
この保険の重要な機能の1つは、被害者側にも過失があって、加害者から100%の補償が受けられない場合に、その過失相殺部分を填補することである。
この保険が登場した当初は、人身傷害保険金が支払われた場合における保険会社の代位額をどのように考えるかが大きな問題となり、最終的には平成24年の最高裁判決によって結論が示された。要するに、人身傷害保険金の支払を先行させ、その後に加害者との間で訴訟をすれば、結果的には100%の回収を実現できるというものである。逆に、先に加害者からの回収を行い、その後に人身傷害保険金の請求をした場合には、100%の回収が通常は困難となってしまう。加害者からの回収を先行させた事案においても同様の結論が導かれるべきであるとして争われた裁判例もいくつか存在するが、私の知る限り、そのような主張は認められていない。
しかし、人身傷害保険金の支払を先行させるか否かという違いによって被害者の回収額に差が生じてしまうことは、妥当とは言いにくく、約款を改訂すべきであるとの批判があった。
そこで、この頃、多くの保険会社で約款改訂が行われ、①加害者との間で訴訟をした場合には、加害者からの回収が先行した場合でも、裁判所が認定した損害額と過失割合を前提に人身傷害保険金が支払われる、②訴訟以外で解決させる場合でも、通常は和解で取り決めた過失割合を前提に、ある程度の人身傷害保険金が支払われる、こととなった。
しかし、その後しばらくすると、この②の規定は、多くの保険会社の約款からは削除されていくこととなる。②の規定は、訴訟をしなくても被害者としては自己の過失部分をある程度填補してもらえるものとして、極めて有用な保険であったが、現在、一部の保険会社の約款の中にしか残されていない。削除されるに至った理由を私は知らないが、使い勝手の良い保険だったので、保険会社としては保険金の支払や手続が著しい負担になったためだろうか?
いずれにしても、その結果、現在においては、人身傷害保険を用いて被害者自身の過失部分を填補しようと思うと、多くの場合で加害者との訴訟が必要になってくる。弁護士費用特約の普及率が高いことも合わさり、実質的な争点は乏しいにもかかわらず、主として人身傷害保険による過失部分填補を目的とした訴訟(加害者に対する訴訟)を提起せざるを得ない場面も少なくない。しかし、そのような実情が、果たして全体として合理的といえるかについては、検討の余地があるようにも思われる。つまり、訴訟をする被害者側の時間的・物理的負担、裁判所の負担増、弁護士費用特約による支払増、訴訟に伴う対人社の負担増など各方面への様々な影響があるはずである。
交通事故のダメージを乗り越え、
前向きな再出発ができるよう
榎木法律事務所は
3つの約束をします。
交通事故問題の将来
愛知県内の人身事故発生件数(平成27年)は4万4369件と報告されています(愛知県警察本部交通部「愛知県の交通事故発生状況」)。死者数は213件と報告されています。年別の推移をみると、交通事故発生件数は年々減少しています。しかし、都道府県別発生状況をみると、愛知県は人身事故発生件数も死者数も全国一位となっています。愛知県内の地域別発生件数をみると、人口も多いからだと思いますが、名古屋市が最も多い1万4250件と報告されています。自動制御など自動化も徐々に進み、自動車の安全性能は格段に高まっているとはいえ、やはり自動車は「凶器」に違いありません(勿論、大変便利なものですが)。
私も名古屋市に住んでおり、事務所も名古屋駅前の錦通沿いにあります。名古屋市内を走る錦通、広小路通、桜通などは車線も多く、しかも直線ですから、特に夜間などは相当な速度で走行する車も珍しくありません。車線変更の際に合図を出す、一時停止では止まって安全確認をする、そういったことを守らないドライバーを見かけることもあります。私は弁護士として数多くの交通事故案件を取り扱う中で、交通事故被害に苦しみ、人生を大きく変えられた被害者の方を沢山見てきました。現在の法制度では満足な救済が受けられず、弁護士として悔しい思いをしたこともあります。ですから、そうした無責任な運転行為をみると、心の底から腹が立ちます。
ただ、こうした交通事故問題を巡っては、近い将来、大きな変化が起こると考えられます。とても望ましい変化です。それは、2020年代には完全自動運転が実現される見通しとなっているためです。当然ながら交通事故発生件数は大きく減少するものと思われます。また、仮に交通事故が起きたとしても、自動車の位置情報が数センチ単位で把握できるようになるわけですから、事故態様の再現も容易になります。ドライブレコーダーのような画像情報も保存されるようになるはずです。これまでは、当事者の話や現場の痕跡などから事故態様を再現していたわけですが、そうした作業は非常に簡略化されていくものと思われます。加害者側と被害者側の主張する事故態様が大きく食い違う、という事態も少なくなるはずです。さらに、完全自動運転となれば、もはやドライバーの責任を観念しづらくなるため、責任の所在についても大きく変化していくはずです。当然ながら、法制度、保険制度の大幅は見直しが必要となってきます。
これからの10年間は、交通事故を巡る問題が大きく様変わりする時期だと思います。まだ議論は始まったばかりですが、弁護士として大変興味を持っており、今後研究を進めていきたいと考えている分野です。そのような変化の中で、交通事故被害者側の弁護士として思うのは、新しい制度が、被害者側に不利なものであってはならない、ということです。変化を見守りつつ、必要であれば、声を上げていくことも弁護士として必要なことだと考えています。
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