交通事故により心の問題が発症することは珍しいことではありません。まずはしっかりと治療をすること。それでも症状が残った場合には、後遺障害等級認定もサポートしますので、ご安心ください。
精神(心)の後遺障害とは
精神(心)の後遺障害のことを非器質性精神障害と呼んでいます。これは、簡単にいうと、抑うつ・不安・意欲低下などの精神障害の中で、脳の器質的な損傷を伴わないもののことです。これに対し、脳の器質的な損傷に伴う精神障害が「高次脳機能障害」と呼ばれるものです。交通事故に伴い非器質性精神障害が生じた場合には、交通事故と相当因果関係が認められるものとして、 後遺障害等級認定される可能性があります。
精神(心)の後遺障害等級
非器質性精神障害は、その程度に応じ、次の3段階に区分して認定されます。
通常の労務に服することはできるが、 非器質性精神障害のため、就労可能な 職種の範囲が 相当な程度に制限されるもの |
9級 |
通常の労務に服することはできるが、 非器質性精神障害のため、多少の障害を残すもの |
12級 |
通常の労務に服することはできるが、 非器質性精神障害のため、軽微な障害を残すもの |
14級 |
非器質性精神障害については、一般的な後遺障害診断書に加え、特殊な様式の診断書の作成をします。その中に具体的な症状の内容、能力低下の状態等を記載することとなり、そうしたものを基に後遺障害等級の評価が行われます。
非器質性精神障害におけるポイント
問題になり易いのが、この通院開始時期(発症時期)です。交通事故に遭うと、整形外科には直ぐ通院すると思いますが、最初から精神科に通院する事例は稀です。交通事故から期間を開けて精神科への通院を開始した場合に、果たしてその症状が交通事故によって生じたものといえるのか、つまり「相当因果関係」が認められるのかが問題となってくるわけです。
結論を先にいうと、精神科への通院開始が交通事故から少し期間が空いていたとしても、相当因果関係が認められる可能性は十分にあります。
数ヶ月程度空いていたとしても、たとえば、整形外科医に対し、抑うつ・不安などの症状を訴え、それがカルテに記録されているような場合には、相当因果関係が認められる余地は出てきます。簡単に諦める必要はありません。
私の経験からいうと、精神科への通院開始が遅れる(大きな)一つ要因は、保険会社が精神科の通院費用を負担したがらないという点を指摘できるように思います。
被害者が保険会社に「精神科に行きたいんだけども」と相談しても、保険会社は「精神科については、事故との因果関係が明らかではないので・・・」などと支払を拒むケースがあり、私もこれまで、そうした話を何度も聞き、また実際に経験したこともあります。そのような場合には、取り敢えず、自費で通院するという方法を選択した上で、後で、立て替えた治療費の回収をしていくことがよいと思います。
また、整形外科に通院しているのであれば、整形外科の先生に対し、しっかりと精神症状の内容を伝えておくことも重要です。
非器質性精神障害は、前述のとおり脳の器質的損傷を伴わないものですから、根本的な考え方としては、きちんと治療をすれば改善すると考えられています。したがって、十分な治療をする前に治療を終了し後遺障害が残ったと主張しても、それは認められにくいということです。
私がこれまで経験した事例でも、1年前後は通院している場合が多かったと思います。精神科への通院開始から半年程度でも後遺障害として認定されている事例は存在しますが、これが2、3ヶ月では短すぎると思います。
■ 自賠責の認定は圧倒的に14級止まり
通院開始時期(発症時期)の問題さえクリアすれば、等級認定を受けることは、そこまで難しいことではないというのがこれまでの私の経験から感じている印象です。
ただし、自賠責において14級を超える等級認定を受けられるケースは、極めて少ないという問題があります。
非器質性精神障害で自賠責が14級を超える等級を認定したケースは、私も1件しか見たことがありません。
たとえ、精神科医作成の後遺障害診断書等によると、9級に十分該当する内容であったとしても、自賠責は、14級の認定に止めるケースがほとんどですし、また、その理由も十分には説明してくれません。
自賠責が14級認定に拘るのは、おそらく、「割合的に相当因果関係を認めている」ということだろうと思います。
つまり、「この程度の事故態様、この程度の怪我であれば、精神障害が生じるとしても、通常は、せいぜい14級程度のものでしょう。
それを超える症状が生じているとしても、それは通常生じるレベルではなく、その被害者に特別な精神的な脆弱性が存在したに過ぎない」という判断が根底にあり、14級の範囲に限って割合的に相当因果関係を認めているものと思われます。
しかし、それをいい換えると、事故態様が激しく(たとえば、死の危険を伴うような事故)で、受傷内容も重篤である場合には、14級を超える等級が認定される可能性もあるのだろうと思います。
■ 自賠責の取扱いと素因減額の関係
そうすると、ここで考えなければならないのは、当該後遺障害に伴う逸失利益などの算定の場面における「素因減額」の問題です。
素因減額とは、簡単にいうと、被害者に元々内在していた疾患が原因で損害が拡大しているような場合には、その影響度合いを損害算定に当たって斟酌するという考えです。
非器質性精神障害の場合には、交通事故以外の精神的ストレス(家庭や仕事のストレス)が存在する場合には、その影響度合いを斟酌するということもあり得ます。非器質性精神障害の事案では、かなりの割合でこの素因減額の問題が出てきますし、裁判所も、比較的緩やかに素因減額を認める傾向にあるといえます。
しかしながら、前述のとおり、自賠責の後遺障害認定に際して、既にそうした素因減額的な考慮を行い、割合的な調整をした上で14級の認定を行っているわけですから、少なくとも14級をベースとした損害額に対し、さらに素因減額を行うことは、同じ理由に基づき二重に素因減額を行っているに等しいといえ、基本的には許されるべきではないと思います。
安易な素因減額は慎むべきたと考えています。
自賠責で14級に止まった事案において、前述のような主張を裁判で行い、その結果、加害者側の素因減額の主張は全面的に排斥されました。
非器質性精神障害については、不可逆的な脳損傷に伴う精神症状(高次脳機能障害)とは異なり、しっかりと治療をすれば改善する可能性があるといわれています。
そのため、逸失利益算定の際の労働能力喪失期間をどこまで認めるのかという点について、争いが生じてきます。
この点に関しては、等級が重い方が長く認定され易い傾向にあるのは間違いないと思います。
それに対し、14級の認定に止まる場合には、喪失期間はある程度制限される傾向が強いように思います(中には就労可能年齢67歳までの全期間認定されている例もありますが、5年程度に制限されている例も多数存在します)。
私の経験した事例の中には、示談交渉で解決はしていますが、14級の事例で喪失期間を10年認めてもらったもの等が存在します。
■ 自賠責
自賠責で12級以上の等級を獲得することは、現状の自賠責の運用状況からすると、簡単ではありません。症状だけをみると12級以上が認定されてよいレベルであったとしても、圧倒的多数の事例では14級の認定に止まっているというのが現状です。
実際に12級以上が認定された事例を見ても、必ずしもその基準は明確とはいえませんが、おそらく「事故態様や受傷内容」はその重要な判断要素になっているものと思われます。
つまり、事故態様が激しく、受傷内容も重篤な方が、精神的ダメージも大きいとして、12級認定され易いという印象を受けています。
したがって、そうした点をしっかりとアピールすることが重要だと思います。
■ 裁判所
症状的には12級以上が認定されるべき事例において、自賠責が14級の認定に止めた場合、裁判でその等級を争うという方法が考えられます。
これについては、裁判所が自賠責14級の事例を12級として認定したような例はいくつか存在します。
交通事故のダメージを乗り越え、
前向きな再出発ができるよう
榎木法律事務所は
3つの約束をします。
交通事故問題の将来
愛知県内の人身事故発生件数(平成27年)は4万4369件と報告されています(愛知県警察本部交通部「愛知県の交通事故発生状況」)。死者数は213件と報告されています。年別の推移をみると、交通事故発生件数は年々減少しています。しかし、都道府県別発生状況をみると、愛知県は人身事故発生件数も死者数も全国一位となっています。愛知県内の地域別発生件数をみると、人口も多いからだと思いますが、名古屋市が最も多い1万4250件と報告されています。自動制御など自動化も徐々に進み、自動車の安全性能は格段に高まっているとはいえ、やはり自動車は「凶器」に違いありません(勿論、大変便利なものですが)。
私も名古屋市に住んでおり、事務所も名古屋駅前の錦通沿いにあります。名古屋市内を走る錦通、広小路通、桜通などは車線も多く、しかも直線ですから、特に夜間などは相当な速度で走行する車も珍しくありません。車線変更の際に合図を出す、一時停止では止まって安全確認をする、そういったことを守らないドライバーを見かけることもあります。私は弁護士として数多くの交通事故案件を取り扱う中で、交通事故被害に苦しみ、人生を大きく変えられた被害者の方を沢山見てきました。現在の法制度では満足な救済が受けられず、弁護士として悔しい思いをしたこともあります。ですから、そうした無責任な運転行為をみると、心の底から腹が立ちます。
ただ、こうした交通事故問題を巡っては、近い将来、大きな変化が起こると考えられます。とても望ましい変化です。それは、2020年代には完全自動運転が実現される見通しとなっているためです。当然ながら交通事故発生件数は大きく減少するものと思われます。また、仮に交通事故が起きたとしても、自動車の位置情報が数センチ単位で把握できるようになるわけですから、事故態様の再現も容易になります。ドライブレコーダーのような画像情報も保存されるようになるはずです。これまでは、当事者の話や現場の痕跡などから事故態様を再現していたわけですが、そうした作業は非常に簡略化されていくものと思われます。加害者側と被害者側の主張する事故態様が大きく食い違う、という事態も少なくなるはずです。さらに、完全自動運転となれば、もはやドライバーの責任を観念しづらくなるため、責任の所在についても大きく変化していくはずです。当然ながら、法制度、保険制度の大幅は見直しが必要となってきます。
これからの10年間は、交通事故を巡る問題が大きく様変わりする時期だと思います。まだ議論は始まったばかりですが、弁護士として大変興味を持っており、今後研究を進めていきたいと考えている分野です。そのような変化の中で、交通事故被害者側の弁護士として思うのは、新しい制度が、被害者側に不利なものであってはならない、ということです。変化を見守りつつ、必要であれば、声を上げていくことも弁護士として必要なことだと考えています。
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