高次脳機能障害は、見逃され易い後遺障害です。まずはそれに気付くことから始まります。
そして、現状を適切に反映させた診断書を作成することが何より重要です。高次脳機能障害の症状は多岐に亘り、医師がそれら全ての症状を把握することは、凡そ困難といえます。
被害者ご本人ですら、ご自身の変化に気付かない場合も珍しくありません。ですから、そうした症状をしっかりと把握し、医師に伝え、それを後遺障害診断書に反映してもらうための橋渡しが必要だといえます。また、必要となる検査の数も多いため、漏れがないよう配慮していく必要もあります。
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは、脳に損傷を受け、その結果として、高次脳機能に障害を残すものをいいます。高次脳機能とは、簡単にいうと、人であるが故に備わっている高いレベルの脳機能を意味します。具体的には、他人とのコミュニケーションを適切に行うための意思疎通能力、作業課題に対する指示や要求を正確に理解・判断し、円滑に業務を遂行する問題解決能力、作業負荷に対する持続力・持久力、協調性といった他人との関係で円滑な社会生活を送れるようにするための社会行動能力等を意味し、脳損傷によってそれらに障害を残す場合が高次脳機能障害です。
高次脳機能障害における
後遺障害等級認定の要件とポイント
これらの要件に該当すれば、高次脳機能障害としての等級認定の対象となってきます(入口の問題)。
その上で、どの等級に該当するか、という中身検討が行われます。
上記3要件に当てはまるか?
(入口3要件)
NO
高次脳機能障害としては
等級認定しない
YES
高次脳機能障害として、何級になるか?
(中身の検討)
【要件:1】 画像上の異常所見について
CTやMRI上、脳実質への損傷を示す画像上の異常所見が認められることが重要です。画像上の異常所見としては、局所性損傷(脳の一部分の損傷で、脳挫傷や脳内血腫などの所見)とびまん性軸索損傷(脳全体の損傷)が存在します。
CT・MRI上、脳挫傷が認められる場合には、それをもって画像上の異常所見といえます。ただし、脳挫傷が軽度の場合には、高次脳機能障害をもたらすほどのものではないと判断される可能性も存在するため、注意が必要です。 びまん性軸索損傷の場合、受傷直後だけではなく、その後も画像撮影を行うことが重要です。
びまん性軸索損傷の場合には、受傷直後から徐々に脳室拡大、脳萎縮といった変化が進行し、それらは概ね3ヶ月程度で完成するといわれています。その変化を画像で記録しておくことが等級認定のポイントです。特に、びまん性軸索損傷の場合、受傷直後のCT・MRI画像は一見正常に見えることもありますから、その後の変化を見過ごさないようにしなければなりません。
【要件:2】相当程度の意識障害の発生とその継続について
意識障害の存在は、脳の器質的損傷を窺わせる重要な要素と考えられています。つまり意識障害があるということは、脳に何らかの損傷が生じている可能性を示しているということです。ただし、画像上の異常所見が明らかに認められるならば、それだけで脳の器質的損傷の存在は証明されていると考えられるため、意識障害については必ずしも必須ではないと思われます。
私が取り扱った事例(びまん性軸索損傷の事例)においても、明確な意識障害は認められなかったにもかかわらず、高次脳機能障害としての7級の認定が得られています。
【要件:3】特徴的な精神症状等の発生について
高次脳機能障害は、見えにくい(外からは分かりづらい)障害です。したがって、適正な等級認定を受けるためには、その症状を認定機関に分かり易く伝えることが重要です。
高次脳機能障害の後遺障害等級認定の際には、通常の後遺障害診断書に加えて、「神経系統の障害に関する医学的意見」、「日常生活状況報告」、「学校生活状況報告」なども提出します(こちらから積極的に提出しなくても、自賠責から作成を求められます)。
作成に当たり特に注意すべきなのは、「神経系統の障害に関する医学的意見」です。これは医師が作成するものですが、医師は被害者の日常生活を見ているわけではないため、その症状の全容を正確に把握しているとは限りません。
ポイントは、被害者の状況を医師に正確に伝え、その内容を医学的意見の中に反映してもらうことです。それによって、具体的な等級も変わってくる可能性が存在しますので、とても大切な作業です。
具体的にどのようなアプローチがよいのかはご相談に乗りますので、ご安心ください。
具体的な等級について
高次脳機能障害の入口要件を満たせば、次にそれが何等級として評価すべきかの検討が行われます。その際には、「神経系統の障害に関する医学的意見」、「日常生活状況報告」、「学校生活状況報告」などといった資料が重要な意味を持つこととなります。
大まかな基準を整理すると、次のような表になります。
等級 | 後遺障害認定基準 | 具体例 |
---|---|---|
別表第① 1級1号 |
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの | 身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの |
別表第① 2級1号 |
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの | 著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に家族の声掛けや看視を欠かすことができないもの |
別表第② 3級3号 |
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの | 自宅周辺を一人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの |
別表第② 5級2号 |
神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの | 単純くり返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業を継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には職場の理解と援助を欠かすことができないもの |
別表第② 7級4号 |
神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外に労務に服することができないもの | 一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの |
別表第② 9級10号 |
神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの | 一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの |
就労不能の状態 | 1~3級 (介護の要否やその程度によって1〜3級は区別) |
その中間 | 5又は7級 |
高次脳機能障害の入口要件を満たせば、当然に認定されるレベル | 9級 |
高次脳機能障害の等級の妥当性は、その基準が不明確なことから、なかなか判断が難しいところです。遠慮なくご相談ください。
見過ごされないために
高次脳機能障害は、見過ごされ易い後遺障害といえます(この点は、「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会報告書」にも、そのような指摘がみられるところです)。
実際に私は、これまでに、そうした事例を複数経験しています。高次脳機能障害でも高い等級に該当するような場合には、見過ごされる場合はほとんどないと思われますが、比較的等級の低い場合(7級や9級)については、被害者本人も気付かないため、医師も見落してしまう場合があるのです。被害者ご本人が気付かないのは、高次脳機能障害によって自己洞察能力が低下しているためだと思われます。
医師からは高次脳機能障害の診断を受けていなかった方について、これまでの経験から高次脳機能障害の可能性を疑い、医師面談を通じて高次脳機能障害の可能性を指摘し、検査等を行ってもらった結果、無事、7級認定を受けることに成功したものがあります。他にも似たような事例(9級)も存在します。確かに、ここまでやると弁護士の仕事を超えてくるのかもしれませんが、被害者が適正な補償を受け取るためには、絶対に必要なことです。
(小さな)お子様特有の問題
一般的に成人であれば、急性期に症状回復が期待できるだけで、その後は目立った回復は見られないことが多いのに対し、小さなお子様の場合には、受傷後も脳は成長し、精神機能も発達していきますから、将来的にどのような障害を残すかを短期間で判断するのは難しいと考えられています。したがって、ある程度の期間、経過を観察することも必要だと思います。
また、高次脳機能障害は他人とのコミュニケーション能力、協調性などの社会的行動能力が損なわれるものですが、これらは外の社会との接点を持つようになって初めて顕在化する障害といえます。したがって、特に未就学児童の場合には、その判定が非常に難しくなります。後遺障害等級が1~2級の重度障害であれば判定は比較的容易ともいえますが、3級より軽度の場合には、幼稚園や学校へ入学し、そこでの生活状況を踏まえなければ、判定が難しい場合も多いと考えられます。
それとは逆にご高齢者の場合、受傷から長い時間が経過すると、その間に加齢による認知障害の進行が認められるような場合も存在します。そのため、ご高齢者の場合には、小さなお子様とは別の意味において、適切なタイミングで症状固定し、後遺障害等級認定を行うという視点も必要にはなってくると思われます。
自賠責の要件を満たさない場合
自賠責において高次脳機能傷害としての認定を受けるためには
①意識障害、
②画像所見、
③典型的な精神症状
の3点がポイントになると述べました。
このうち意識障害の要件は、必ずしも必要ではなく、それを欠いたとしても、自賠責が高次脳機能障害として認定する可能性は存在します。しかし画像所見を欠く場合、自賠責は、基本的には高次脳機能障害を認めないと思われます。その場合、救済される道がないのか、という問題です。
CTやMRI画像上の異常所見は認められないとしつつ、
①頭部に極めて大きな外力を受けている
②事故直後に意識障害が生じている
③事故前に症状なし
④SPECT検査では、脳血流の低下が認められる、等の事情を認定し、高次脳機能障害を認定しています。
これも同じく、CTやMRI画像上の異常所見は認められないとしつつ、
①事故の衝撃は大きく、頭部に外力を受けている
②事故直後に意識障害が生じている
③SPECT検査では、脳血流の低下が認められる、等の事情を認定し、高次脳機能障害を認定しています。
同じく、CTやMRI画像上の異常所見は認められないとしつつ、
①事故直後の意識消失、その後の意識障害が認められる
②FLAIR画像で両側前頭葉白質あるいは左頭頂葉皮質下などに点状の高信号域、SPECTで左頭頂後頭葉部の血流低下の所見が認められる
③事故前に症状なし、等の事実を認定し、高次脳機能障害と認定しています。
こうした事情を主張立証することにより、自賠責では高次脳機能障害とは認定されなくても、裁判所においては高次脳機能障害として認定される可能性は存在するように思われます。
なお、要件のうち「症状の一貫性」につきましては、東京高裁平成22年9月9日判決は、症状が遅発性の脳損傷もある、と述べていますが、その判断をどこまで一般化できるかは、今後の裁判例の動向を見てみないと判断できない部分もあるため、今のところ、私としては、症状の一貫性は必要だろうと考えています。
さらに上記ポイントの立証が難しい場合には、さらに予備的な主張として、非器質性精神障害に基づくという旨の主張を追加する方法が考えられます。ただし、この点に関しては、脳の器質的な損傷に基づく高次脳機能障害という主張と矛盾するものであるため、追加主張するタイミング等については、慎重に判断すべきであると考えています。
自賠責保険に置ける高次脳機能障害に関する等級認定については、これまでも専門家による検討結果を踏まえ認定システムの見直し等が行われてきました。
平成30年5月31日に提出された専門委員会の報告書を踏まえ、同年7月1日から、脳の器質的損傷を裏付ける画像所見が明らかではない事案の審査にあたっては、新たな運用が行われることとなりました。交通事故の被害者に一定の配慮をしたものといえます。
具体的には、画像所見が明らかではない事案においては、それ以外の臨床所見(意識障害・症状経過など)の慎重な検討が必要であって、受傷時以降の意識障害の有無・程度・持続時間や、症状の発現時期・経過等を適切に把握することが重要であるとの認識を前提とし、そのような情報の収集に適した照会様式を用いることとされました。
交通事故のダメージを乗り越え、
前向きな再出発ができるよう
榎木法律事務所は
3つの約束をします。
交通事故問題の将来
愛知県内の人身事故発生件数(平成27年)は4万4369件と報告されています(愛知県警察本部交通部「愛知県の交通事故発生状況」)。死者数は213件と報告されています。年別の推移をみると、交通事故発生件数は年々減少しています。しかし、都道府県別発生状況をみると、愛知県は人身事故発生件数も死者数も全国一位となっています。愛知県内の地域別発生件数をみると、人口も多いからだと思いますが、名古屋市が最も多い1万4250件と報告されています。自動制御など自動化も徐々に進み、自動車の安全性能は格段に高まっているとはいえ、やはり自動車は「凶器」に違いありません(勿論、大変便利なものですが)。
私も名古屋市に住んでおり、事務所も名古屋駅前の錦通沿いにあります。名古屋市内を走る錦通、広小路通、桜通などは車線も多く、しかも直線ですから、特に夜間などは相当な速度で走行する車も珍しくありません。車線変更の際に合図を出す、一時停止では止まって安全確認をする、そういったことを守らないドライバーを見かけることもあります。私は弁護士として数多くの交通事故案件を取り扱う中で、交通事故被害に苦しみ、人生を大きく変えられた被害者の方を沢山見てきました。現在の法制度では満足な救済が受けられず、弁護士として悔しい思いをしたこともあります。ですから、そうした無責任な運転行為をみると、心の底から腹が立ちます。
ただ、こうした交通事故問題を巡っては、近い将来、大きな変化が起こると考えられます。とても望ましい変化です。それは、2020年代には完全自動運転が実現される見通しとなっているためです。当然ながら交通事故発生件数は大きく減少するものと思われます。また、仮に交通事故が起きたとしても、自動車の位置情報が数センチ単位で把握できるようになるわけですから、事故態様の再現も容易になります。ドライブレコーダーのような画像情報も保存されるようになるはずです。これまでは、当事者の話や現場の痕跡などから事故態様を再現していたわけですが、そうした作業は非常に簡略化されていくものと思われます。加害者側と被害者側の主張する事故態様が大きく食い違う、という事態も少なくなるはずです。さらに、完全自動運転となれば、もはやドライバーの責任を観念しづらくなるため、責任の所在についても大きく変化していくはずです。当然ながら、法制度、保険制度の大幅は見直しが必要となってきます。
これからの10年間は、交通事故を巡る問題が大きく様変わりする時期だと思います。まだ議論は始まったばかりですが、弁護士として大変興味を持っており、今後研究を進めていきたいと考えている分野です。そのような変化の中で、交通事故被害者側の弁護士として思うのは、新しい制度が、被害者側に不利なものであってはならない、ということです。変化を見守りつつ、必要であれば、声を上げていくことも弁護士として必要なことだと考えています。
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