むち打ち損傷とは何か?
むち打ち損傷は、交通事故の中で最も多い怪我です。「むち打ち損傷」とは、正確にいうと、診断名ではなく、「むち打ち」という受傷機転を表す用語に過ぎません。ただ、 一般的には、交通事故後、骨折や脱臼を伴わないが首の痛みなどを訴えているものを、広く「むち打ち損傷」と呼んでいます。
症状は、頸部痛、頭痛、上肢痺れ感等に加え、眩暈、悪心、耳鳴り、難聴、複視、視力低下など多彩な症状を伴う場合もあります。症状が強く、深刻化・長期化する例も存在し、単に「むち打ち損傷」といっても、その病態は一様ではありません。
しかし、そのような多様な症状を伴う原因等が全て解明されているわけではなく、科学的根拠に基づく診断指針も確立しているという状況ではありません。また、治療方法にも目立った進展はない状況が続いているといえます。そのような事情が、むち打ち損傷を巡る後遺障害等級認定の難しさにも繋がっています。
ポイントを押さえれば、むち打ち損傷や腰椎捻挫でも
後遺障害認定は受けられます
しばらく治療を続けたにもかかわらず、残念ながら痛みが残ってしまうことは決して珍しいことではありません。そのような場合には、後遺障害として認定される可能性があります。むち打ちなどでは後遺障害として認められない、という考えは誤りです。
局部に頑固な神経症状を残すもの | 12級13号 |
局部に神経症状を残すもの | 14級9号 |
ただし、痛みの存在を客観的に証明することは難しいため、これらの認定を受けることは簡単なことではありません。後遺障害認定を受けるためには、いくつか押さえておくべきポイント があります。
むち打ちの難しさは、その痛みの存在を客観的に証明することが難しい点にあります。極論すれば、痛みが残っているのかどうか、残っているとしてもそれが「頑固な」ものか、といったことはあなた(ご本人)にしか分からないのです。しかし、後遺障害認定を行うのは、他人である自賠責。そうすると、 自賠責としては、あなたの訴える痛みが本当なのかを疑い、目に見えている事情から、それが本当なのかを確かめようとします。そこで着目されているのが、先ほど挙げた事情です。
もっとも、自賠責がどのような事情を重視しているのかは公表されていません。しかし、これまでの経験事例の分析を通じ、その基準は概ね明らかになってきたと考えています。
事故の衝撃がどの程度のものであったかは重要です。ここでは、後遺障害を残すほどの衝撃だったのかが見られているのです。
したがって、刑事記録、車両写真、車両修理見積書などから、衝撃の大きさを主張して行くことが重要です。こちらから積極的に提出しなくても、自賠責は独自に調査していると思われます。
■ 初診日・症状の発症時期
初診日や症状の発症時期も重要です。自賠責としては、後遺障害を残すほどの怪我なら直ぐに病院に行くはずだと考えているからです。したがって、 初診日が交通事故から随分と後だったり、直ぐに通院していても症状を訴えていなかったりした場合は、そうした事情が不利に働く可能性があります。
自賠責は、次のように述べています。
「外傷による捻挫や打撲等の症状は、軟部組織の損傷等により発症するものであることから、受傷後早期から発症し、時間の経過に伴い損傷を受けた部位の修復が得られることにより症状は徐々に軽減を示すことが一般的とされている」
要するに、事故直後に強い症状が出て、それはだんだんと軽減していくのが通常であり、それに反する経過である場合には、交通事故との因果関係は疑わしいと考えているわけです。したがって、必然的に 症状が一貫していることも重要と考えられており、途中から症状が増悪したような場合に関しても、交通事故との相当因果関係を認めることには否定的です。
■ 通院頻度
通院頻度も重要です。これまでの経験上、通院回数が少ない(私の経験上、週1だと少ないように思います)、途中で治療の中断がある(たとえば、2、3週間通院していない)等の事情があると、認定は受けにくい傾向が認められます。特に中断期間が1ヶ月程度になってくると、かなり難しいという実情があると思います。
■ 通院先(特に接骨院等を利用する場合の注意点)
通院する病院は、怪我の内容次第だと思いますが、整形外科が一般的です。
接骨院ばかり通院していると、整形外科中心で通院している場合と比べ、後遺障害認定を受けにくいように感じています。 そのため、接骨院を利用する場合には、整形外科等と併用することがポイントです。
神経症状の原因となり得るような画像所見があれば、14級9号の認定を受け易くなります。
ただし、それは、交通事故外傷に伴う画像所見が必要という意味ではありません。ここで私が画像所見と記載しているのは、年齢と共に生じていく、経年的な変性所見のことを指しており 、具体的には、「椎間間隙の狭小化」、「椎間板ヘルニア」、「骨棘」などのことを意味しています。
「なぜ、交通事故とは直接関係しない変性が意味を持つか」
このような変性が存在したとしても交通事故前は無症状であることが多いのですが、変性の存在しない頸椎に比べるとダメージを受け易い状態になっているとはいえます。そのような部分に 交通事故の衝撃が加わり、一気に症状を発症することがあります。このような場合には、今後も改善しづらいものとして、後遺障害としての認定が受け易いのです。
■ 神経学的所見
神経学的所見で異常が認められるということは、神経が圧迫されていること等を窺わせるわけですから、将来の改善可能性が乏しいことを裏付ける事情と考えることができます。逆に、神経学的所見が全て正常であれば、今後改善する可能性が高く、後遺障害として認定されにくい傾向が認められます。
自賠責の基準上、14級9号の認定を受けられるものは、「ほとんど常時疼痛を残すもの」とされています。
したがって、そもそも「常時痛」とはいえないレベルであれば、その他の要件を検討するまでもなく、後遺障害には該当しない(非該当)とされる可能性が高いと考えられます。
自賠責における後遺障害に該当するか否かは、要は「将来においても回復が困難な障害」といえるかどうかです。したがって、ポイントは、この永久残存性が認められることを裏付ける事情をいかに集めるか ということであり、必ずしもこれまでに述べてきた事情には限られません。
14級9号の認定に必要な検査
主な検査としては、レントゲン、神経学的検査、MRIです。
■ レントゲンについて
交通事故で病院を受診すると、ほとんどの場合でレントゲン撮影が行われます。逆にいうと、レントゲン撮影すらも行われていない場合には、症状が極めて軽かったとみなされてしまう可能性 があります(もちろん、妊娠中等の理由で、レントゲン撮影できない場合もあると思います)。したがって、
■ 神経学的検査について
次に神経学的検査とは、反射、神経根症状誘発テスト(ジャクソンテストやスパーリングテスト等)、知覚検査、筋力検査などのことです。14級9号の認定にこれらの検査は必須ではありません。しかし、検査の結果、異常所見が認められれば、プラスの材料にはなり得ます。
■ MRIについて
MRI検査は必須ではありません。ただ、撮影した方が望ましいとは思います。医師の間でも、むち打ち損傷の症例においてどのような場合にMRI検査を行うかは意見の分かれるところで、必須の検査とまでは考えられていません。
しかし、後遺障害認定という観点でいうと、
後遺障害等級認定を視野に入れる場合には、通常、症状が長期化しているわけですから、症状固定までにMRI検査を行うのがベターだと思います。理想としては、事故後なるべく早い時期にMRI検査をするのがよいのかもしれませんが、今の整形外科実務を前提にする限り、全てのむち打ち損傷事例でそれを求めるのは現実的には困難だと思われます。
むち打ち・腰椎捻挫で12級13号認定されるための基準
12級認定の主な要素は、それぞれ独立のものではなく総合考慮されるものです。つまり、画像所見が顕著であれば、神経学的所見は少し弱めでも12級が認定される可能性は存在します。
また、これらの他にも、事故態様といった事情も総合考慮の一要素になっていると思われます。
■ 自賠責における定義
自賠責では、14級9号と12級13号をそれぞれ以下のように定義しています。
14級9号=「神経症状」
12級13号=「頑固な神経症状」
違いは一目瞭然で、「頑固な」といえるか否かです。
■ 具体的な判断基準
しかし、何をもって「頑固な」といえるのかは判然としません。
そこで自賠責は、「他覚的に神経系統の障害が証明されているもの」を「頑固な神経症状」と捉えています。すなわち、画像所見や神経学的所見によって十分な裏付けのある痛みや痺れを「頑固な神経症状」としています。
典型例としては、頸椎椎間板ヘルニアに伴う神経根の圧迫がMRI画像によって確認でき(要件②)、圧迫されている神経根の支配領域に痺れ等の症状(要件①)や神経学的異常所見(要件③)が認められる場合です。
頸椎5番目と6番目の間にヘルニアがあると、一般的には、6番目の神経根が障害され、下図のような症状が出現する。
■ 画像上求められる神経圧迫の程度、神経学的所見の程度とは
そうはいっても、神経圧迫の程度としてはどの程度のものが必要なのか、神経学的異常所見としてどの程度のものが必要なのか、という疑問が残ります。これは、結局のところ、総合的な判断になるといわざるを得ないところです。
首や腰の痛みに止まらず、上肢の痺れや麻痺などの症状が認められる場合は、12級13号の可能性も視野に入れつつ準備をします。そして、14級9号の認定に止まった場合に関しても、画像や神経学的検査の結果を再度検討し、12級13号の可能性が考えられる場合には、異議申立てなどの方針を検討します。
12級13号の認定を受けるためには、画像上、外傷性の異常所見が必要か?
結論として、それは必ずしも必要ではありません。
元々の経年性変化としての椎間板ヘルニアが存在し、交通事故前は無症状であったところ、交通事故による外力が加わったことに伴い、症状が誘発されるという場合がよく見受けられます(無症候性の椎間板ヘルニアは珍しくありません)。このような場合であっても12級13号の認定可能性は存在します。
逆に、画像上、明らかな外傷性の異常所見が認められる場合は、どうでしょうか。これは後述します。
外傷性ヘルニア、外傷性椎間板損傷の場合について
外傷によって椎間板へルニアを発症したり、椎間板を損傷したりする場合が存在します。そのような場合で、頸の痛みなどの症状を残した場合には、12級13号の認定を受けられる可能性が高いといえます。
既往症(既に首や腰を痛めていた)があった場合
自賠責は、「将来においても回復が困難と見込まれる」ものを後遺障害と定義しています。そして、自賠責は過去の等級認定のデータを保存していますので、 同一部位に対しては、二度と同じ等級を認定しません。具体的には、次のような判断を行います。
過去に14級の認定を受けた部位 | 今回の後遺障害の発症部位 | 認定 |
①首の痛み | 首の痛み、それに派生する右手痺れ | 右手痺れで14級9号の 認定可能性あり |
②首の痛み、それに派生する右手痺れ | 首の痛み、それに派生する右手痺れ・ 左手痺れ |
左手痺れで14級9号の 認定可能性あり |
③首の痛み | 首の痛み | 非該当 |
過去に14級の 認定を受けた部位 |
今回の 後遺障害の 発症部位 |
認定 |
①首の痛み | 首の痛み、 それに派生する 右手痺れ |
右手痺れで 14級9号の 認定可能性あり |
②首の痛み、 それに派生する 右手痺れ |
首の痛み、 それに派生する 右手痺れ・ 左手痺れ |
左手痺れで 14級9号の 認定可能性あり |
③首の痛み | 首の痛み | 非該当 |
③の場合には、少なくとも自賠責では、今回、後遺障害の認定を受けることができません。しかし、実際には前回事故の症状は消失していたわけですから、不当な結論といえると思います(ただし、自賠責で認定を受けることは、基準上、凡そ不可能と思われます)。そこで、訴訟又は示談交渉において、
①従前の症状が消失していたこと
②今回の交通事故で14級9号に相当する後遺障害を残したこと
を証明し、14級相当の賠償金の請求を求めていく方法が考えられます。そのような主張が実際に認められている裁判例も存在します(東京地裁平成13年8月29日判決など)。
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交通事故問題の将来
愛知県内の人身事故発生件数(平成27年)は4万4369件と報告されています(愛知県警察本部交通部「愛知県の交通事故発生状況」)。死者数は213件と報告されています。年別の推移をみると、交通事故発生件数は年々減少しています。しかし、都道府県別発生状況をみると、愛知県は人身事故発生件数も死者数も全国一位となっています。愛知県内の地域別発生件数をみると、人口も多いからだと思いますが、名古屋市が最も多い1万4250件と報告されています。自動制御など自動化も徐々に進み、自動車の安全性能は格段に高まっているとはいえ、やはり自動車は「凶器」に違いありません(勿論、大変便利なものですが)。
私も名古屋市に住んでおり、事務所も名古屋駅前の錦通沿いにあります。名古屋市内を走る錦通、広小路通、桜通などは車線も多く、しかも直線ですから、特に夜間などは相当な速度で走行する車も珍しくありません。車線変更の際に合図を出す、一時停止では止まって安全確認をする、そういったことを守らないドライバーを見かけることもあります。私は弁護士として数多くの交通事故案件を取り扱う中で、交通事故被害に苦しみ、人生を大きく変えられた被害者の方を沢山見てきました。現在の法制度では満足な救済が受けられず、弁護士として悔しい思いをしたこともあります。ですから、そうした無責任な運転行為をみると、心の底から腹が立ちます。
ただ、こうした交通事故問題を巡っては、近い将来、大きな変化が起こると考えられます。とても望ましい変化です。それは、2020年代には完全自動運転が実現される見通しとなっているためです。当然ながら交通事故発生件数は大きく減少するものと思われます。また、仮に交通事故が起きたとしても、自動車の位置情報が数センチ単位で把握できるようになるわけですから、事故態様の再現も容易になります。ドライブレコーダーのような画像情報も保存されるようになるはずです。これまでは、当事者の話や現場の痕跡などから事故態様を再現していたわけですが、そうした作業は非常に簡略化されていくものと思われます。加害者側と被害者側の主張する事故態様が大きく食い違う、という事態も少なくなるはずです。さらに、完全自動運転となれば、もはやドライバーの責任を観念しづらくなるため、責任の所在についても大きく変化していくはずです。当然ながら、法制度、保険制度の大幅は見直しが必要となってきます。
これからの10年間は、交通事故を巡る問題が大きく様変わりする時期だと思います。まだ議論は始まったばかりですが、弁護士として大変興味を持っており、今後研究を進めていきたいと考えている分野です。そのような変化の中で、交通事故被害者側の弁護士として思うのは、新しい制度が、被害者側に不利なものであってはならない、ということです。変化を見守りつつ、必要であれば、声を上げていくことも弁護士として必要なことだと考えています。
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