2018.10.16
一部の保険会社から、近い内に、自動車の対人加害事故に係る刑事弁護費用への補償を提供する保険が発売される予定である。
要するに、自動車事故によって他人を死亡させたり、怪我を負わせたりして、正式起訴等がされた場合の弁護士費用を補償する保険である。
適用範囲は、①他人が死亡した場合、②逮捕された場合、③刑事訴訟をされた場合といった具合に、かなり限定はされている。しかも、重過失によって生じた損害に対しては、免責とされている。①は事情に依るだろうが、②や③の場合は、被疑者・被告人の悪質性が高い場合が多いであろうから、重過失が認定される事案も決して稀ではないと思われる。
重過失の概念は、これまでも人身傷害保険等の中でも使用されてきたものであり、相当程度の裁判例や学説の集積もあるから、その判断については、それほど迷うことは無いのかもしれない。しかし、正式起訴がなされた時点では過失の有無やその程度について争いがあるような場合には、刑事裁判の結果如何によって、この保険が使えるのか否かが決まることになりかねない。そのような際どい事案の場合には、(1)着手金としての保険金の支払を刑事裁判終了まで保留にするのか(この場合には一旦は被告人が自ら支払い、刑事裁判の結果が出た後に保険会社への請求を試みることになるのだろうか)、(2)裁判の結果如何によっては返還する旨をあらかじめ弁護士に合意させた上で保険会社が着手金としての保険金の支払を行うのか、(3)仮に事後的に保険が使えないとの結論に至ったとしても、被保険者による弁護士への費用支払義務は残るはずであるが、その処理をどうするのか、など考えると難しい問題が出てくるように思われる。
一体どのように運用されていくのか、興味深い。
また、刑事弁護については、資力の無い被告人等のための国選弁護制度が存在する。それとの調整の問題も生じるだろう。つまり、国選弁護人制度を利用するのか、この保険を利用して私選弁護人を選任するのかという問題が生じるものと思われるが、選択の機会を確保するためにも、損保会社としては、このような特殊な保険の存在を周知することが必要になると思われる。また、この保険の利用が可能な場合における国選弁護制度の利用については、どのように考えるべきなのだろうか?
現時点においても、一般の消費者は、自ら締結している自動車保険の内容を十分に把握していない事案が多いと思われる。このような自動車保険の多様化傾向は望ましいと思いつつ、会社毎の補償内容の違いが大きくなっていくわけであるから、一般消費者への周知方法も工夫していく必要があると感じる。
まだ発売前の保険であり、今後どのように運用されていくのかをひとまず見守り、改めて問題点を整理したいと思う。
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