2018.10.04
対人賠償責任保険(任意保険)は、自動車の「所有、使用または管理に起因して」損害を与えた場合の責任をカバーしている。
これに対し、強制保険は、自動車の「運行によって」生じた損害に係る責任をカバーしている。
この点に関し、一般的には、前者(任意保険)のカバーの方が広く、自賠責保険が使えない場合でも対人賠償責任保険が使える場合があると説明されている。
具体的な事例として挙げられるのは、駐車車両のエンジンキーがささったままで、それが盗難被害に遭い、盗人が人身事故を引き起こした場合である。このような場合には、自賠法の運行供用者責任が否定され自賠責保険は適用されないが、所有者に管理上の過失があるとして民法上の不法行為責任が認められる可能性があり、それについて対人賠償責任保険が適用される、というのである。
しかし、盗難車の事例に関していうと、所有者に管理上の過失があったとしても、盗人による人身傷害事故との間に相当因果関係が当然に認められるわけではない。裁判例を見る限り、所有者による盗難自動車に対する支配が依然として残っているといえるような場合に相当因果関係を認めているように思われるが、そもそも、そのような場合には、運行供用者責任も同時に成立すると考えるのが自然なように思われる。現在の裁判例の一般的な傾向に従う限り、少なくとも盗難車による事故の場合に関しては、運行供用者責任を否定しつつ、不法行為責任の成立のみ認め、それを対人賠償責任保険のみによってカバーするという事態は、なかなか考えにくいように思われる。
自賠法上の「運行」概念は、現在の判例上、極めて広範に解釈されていることからすると、対人賠償責任保険における「所有、使用または管理」の解釈と相当に近接してくるものと思われるし、それに加えて、自賠法の「よって」も対人賠償責任保険の「起因して」も、いずれも相当因果関係を意味するとの見解を採用するならば、両保険の適用関係を巡る結論は自ずと接近してくるように思われる。
ただし、対人賠償責任保険の「起因して」を相当因果関係よりも広く解した場合には、対人賠償責任保険の適用範囲が自賠責の適用範囲よりも広くなる。つまり、対人賠償責任保険の「起因して」の語源は「arising out of」といわれているところ、この「arising out of」は相当因果関係よりも広いものであると英米法の諸国家では解釈されている。そのような語源を意識した見解に立つならば、自動車の運行に「よって」といえず自賠責保険が機能しない場合でも、少なくとも「起因して」には該当するものとして対人賠償責任保険でカバーされる場合は相当程度生じ得るだろう。例えば、車内からゴミを放り投げたら通行人に当たって怪我をさせたような場合には、相当因果関係説を前提とした「運行によって」は認められにくいだろうが、「自動車の所有、使用または管理に起因して(arising out of)」とはいえる可能性があり、その場合には対人賠償責任保険によって通行人への補償がなされることとなる。
個人的には、「運行」と「所有、使用または管理」の違いは、現状においてはそれほど大きなものではなく、むしろ、「よって」と「起因して」の違いをどのようにとらえるかこそが興味深い問題のように思われる。
現時点では思いつくままに私見を記載してみたが、引き続きこの問題については考えてみようと思う。
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