2018.09.11
しばらくの間、イギリスの自動車保険制度について書いていこうと思う。
イギリスの法制度は複雑である。
日本は、明治維新や第二次世界大戦の敗戦といった革命的な出来事を経て、法制度をその根本から変更してきた歴史がある。私も、この点は詳しくはないが、そうした革命的な出来事により、法制度についても過去との断絶が生じているものと思われる。したがって、日本における今の法制度は、比較的歴史の浅いものということもできる。
これに対し、イギリスでは、長い長い歴史の中で徐々に形成されてきた法制度が今も生きている。しかも、イングランド、スコットランド、北アイルランド等といった地域毎に法制度の違いも見られる。よくイギリスは、「保守的」であるとも言われる。以前テレビを見ていたら、出身国を聞かれたイギリス人が、全体としての「UK(イギリス)」ではなく、その一地域である「イングランド」と答えていた。私は、大阪出身だが、外国人から出身国を聞かれた場合には「Japan(日本)」と答えるだろうし、おそらく「大阪」とは答えない。私はサッカーは詳しくないが、ワールドカップに出場していたのは「イングランド」であって、全体としての「UK(イギリス)」ではない。この辺り、イギリスは実に興味深い。現在、EUからの離脱が問題となっているが、こうしたイギリス人の特性を踏まえれば、それも自然な流れであったように思われる。
もちろん、イギリスにも自動車保険制度は存在する。ここでは、主に、イングランドとウェールズの制度を意識して説明する。
日本では、強制保険としての自賠責保険と、それを補う任意保険の2階建て構造が採用されている。これは、世界的に見ても珍しい制度だと言われている。
一方、イギリスにも保険への加入が強制されている部分がある(人身損害部分は無制限、物損部分は120万ポンド)。そういった意味では強制保険が存在することとなる。しかし、日本のように2つの保険契約を締結するのではなく、1つの自動車保険契約を締結し、その中で保険加入が強制されている部分とそれを超える部分をカバーすることとなる。例えば、理論上は、加入が強制されている部分に限って保険カバーを提供する最低限度の保険契約を締結することも可能であるし、もっと手厚い保険契約を締結することも可能である。
また、イギリスでは、物損についても強制保険が存在する。この点は日本と大きく異なり、日本の強制保険である自賠責保険は、物損をカバーしない。しかも、120万ポンドの付保が強制されており、1ポンドが約150円であることからすると、約1億8000万円に相当するから、極めて手厚い。通常の交通事故であれば、十分にその範囲内で賄われることとになるだろう。日本では、任意保険未加入の加害者に対して物的損害を請求する場合には、残念ながら回収ができず泣き寝入りになる事例も珍しくはないことを考えると、イギリスの自動車保険制度は、手厚い保護を被害者に提供しているといえる。
確かに日本では、任意保険の加入率は高い。したがって、自賠責保険が物損をカバーせず、保険金額も高くない(後遺障害のない人身傷害事案だと120万円)としても、殆どの事案では問題は起こらない。しかし、任意保険に加入していない場合も一部には存在するし、何より、任意保険に加入していないような人から賠償金を回収することは、一般論として、簡単ではない場合も少なくない。勿論、被害者としては、そのような場合に備え、無保険車傷害保険などのファーストパーティ型の保険に加入しておくことで自営することが可能であるし、保険に詳しい人はそうするだろう。とはいえ、それでも、弁護士の所には、加害者が任意保険未加入で資力もなさそうな相談が、よく来る。そのような時、自賠責保険がカバーする範囲が狭いことを痛感するとともに、イギリスの自動車保険制度が頭に浮かんでくる。
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