2023.01.18
目次
仕事をしていてふと気になったので、検討してみた事柄です。
以下のようになるのかについては私にも確証が無いので、参考程度にご覧ください。
受傷内容:打撲捻挫
通院頻度:月10日くらい
過失割合:100対0(被害者に落ち度なし)
この事案を前提に、加害者が無保険(任意保険未加入。自賠責は有)の場合、被害者として人身傷害保険を活用し、100%又はそれに近い損害を回収可能か否かを検討したい。
人身傷害保険の内容としては、会社によっても異なるため、ここでは「自動車保険の解説2017」で解説されている約款(東京海上日動社の約款を参考にしたもの)を前提に考察する(ただし、同社の約款もそれ以降に改訂されている可能性がある点には注意が必要である)。
まず、裁判基準による損害額は、次の内容と仮定しておく。
通院期間:210日(7ヶ月)
通院回数:70日(月10回×7か月)
慰謝料:97万円(赤い本)
治療費(自由診療前提):80万円
交通費:1万円
以上より、損害合計は、178万0000円。
次に、自賠責保険から回収可能となる額を算定しておく。
120万円(傷害分の保険金額全額)
これは約款所定の人傷基準に基づいて算定される。
治療費:80万円
慰謝料:49万0200円
(慰謝料の内訳:4300円×2×30日=25万8000円
4300円×2×30日×0.75=19万3500円
4300円××2×10日×0.45=3万8700円)
交通費:1万円
以上より、人身傷害保険金の額は、合計130万0200円。
被害者は、最初に、人傷社から、130万0200円(人身傷害保険金の額)を取得することになる。
その場合、人傷社が、保険代位を理由に、自賠責保険120万円を回収し、それによって自賠責保険の枠は消滅する。
したがって、被害者としては、自賠法16条に基づく請求によって自賠責保険金を回収することはできない。
そして、加害者が完全な無資力であれば、被害者は未填補損害部分(178万円-120万円=58万円)についての回収は困難となる(加害者の無資力リスクは「被害者」が負担)。
この場合、被害者は、まずは自賠責保険から、120万円(自賠責保険金額全額)を取得することになる。
ただし、自賠責保険金額では被害者の裁判基準の損害額は填補しきれないから、未填補損害部分(178万円-120万円=58万円)が残る。
その後、被害者は加害者に対して訴訟提起した場合には、未填補損害部分である58万円の支払を命じる認容判決が出る。
ただし、この場合も加害者は任意保険未加入のため、無資力であって、回収困難であったと仮定する。
人身傷害保険の約款第4条(4)によると、人身傷害保険金は概ね次の計算式で算定することになっている。
<計算式>
130万0200円(人傷基準の損害額)-既払額のうち自己負担額を超過した額
そして、認容判決がある場合の自己負担額は、判決が認定した裁判基準損害額(本件では178万円)から人傷基準損害額(130万0200円)を控除した金額となるから、自己負担額は47万9800円となる。既払額のうち当該自己負担額を超えた部分を、130万0200円から控除することになる。
この時点の既払金は自賠責保険の120万円のみであるから、そこから自己負担額47万9800円を控除した金額は72万0200円である。これが上記計算式にある「既払額のうち自己負担額を超過した額」となる。
そこで、これらの数値を第4条(4)所定の上記計算式に当てはめると、人身傷害保険金の額は、130万0200円-72万0200円=58万0000円となり、58万0000円の人身傷害保険金の支払を受けることが可能となる。
以上より、回収済みの自賠責保険金120万円に加え、加害者に対する勝訴判決獲得後は58万円が人身傷害保険金として取得可能となり、合計178万円(裁判基準による総損害額)の回収が実現する。
この場合も人身傷害保険金を支払った人傷社は保険代位によって被害者の損害賠償請求権を取得するが、加害者は無資力なので、人傷社は回収ができない。
この場合には、加害者の無資力リスクは、「保険会社」が負担することになる。
要するに、加害者の無資力リスクを誰が最終的に負担するかという点の違いに過ぎないが、①パターンは「被害者」がそれを負担し、②パターンは「保険会社」に無資力リスクを転換していることになる。
人身傷害保険の内容は会社によっても異なるから、常に上記のような手法が適用可能であるとはいえない点には注意する必要がある。
また、約款も改訂がなされるから、契約している保険の約款の内容を必ず確認する必要がある。
ここで述べたような想定に立つと、①パターンと②パターンで、被害者の回収額に差が生じる可能性がある。しかし、使用する順番によって差が生じるとの結論には、強い違和感も覚える。
そのため、①パターンでも、人身傷害保険金の追加払いがなされるのが妥当のような気もしてくる。①パターンでは、裁判基準損害額を前提とすると被害者には未填補損害額がある中で、さっさと人傷社が自賠責保険金全額を先に回収してしまった点に問題があったという見方もあり得るだろうから、人傷社としては追加支払に応じる方が保険法25条2項の趣旨に沿うものと思われる。
ただ、現実問題として、人身傷害保険金全額の支払いを受ける時点で協定書を取り交わし、それによって人身傷害保険の支払が完了した旨の確認もなされていることに加え、協定書の中には人傷社による自賠責保険金の回収を容認する定型文言が入っていると思われるので、その後の追加支払に保険会社がすんなりと応じるのかは、分からない。
この点に関しては、保険会社は追加払を行うべきであると指摘する見解もあるようである(山下典孝「判批」青山法学論集64巻1号93-96頁(2022)参照)。私もそうあるべきだとは思う。ただし、現実の保険会社の運用としてこのような追加払いに応じるかははっきりしないし(少なくとも私は知らない)、また裁判所の結論も予測しにくいので(最判令和4年3月24日も「追加払」の点に関しては法的判断を示していない。同上判批85頁参照)、依頼人の利益を考えて事件処理すべき立場にある弁護士としては、②パターンを選択する方が無難であると考えている。仮に①パターンで進めるなら、事前に保険会社との間で、追加払いの可否を確認しておく方がいいだろう。
約款を見ると、上記のような処理が可能なように思える。
すなわち、弁護士が介入している事案なら、②パターンが無難な選択肢のように思える。ただ、私も実際に試したことが無い。
そもそも、このような問題が生じるのは、加害者が無保険であって、被害者にも無保険者傷害保険が使えないような場合に限られるから、非常にまれな場合ではある。
したがって、私自身も、本当に上手くいくのかを不安に感じている部分がある。
無責任な言い方になるが、上手くいくとの確証があるわけではないので、あくまで参考程度に留めてほしい。
交通事故のダメージを乗り越え、
前向きな再出発ができるよう
榎木法律事務所は
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交通事故問題の将来
愛知県内の人身事故発生件数(平成27年)は4万4369件と報告されています(愛知県警察本部交通部「愛知県の交通事故発生状況」)。死者数は213件と報告されています。年別の推移をみると、交通事故発生件数は年々減少しています。しかし、都道府県別発生状況をみると、愛知県は人身事故発生件数も死者数も全国一位となっています。愛知県内の地域別発生件数をみると、人口も多いからだと思いますが、名古屋市が最も多い1万4250件と報告されています。自動制御など自動化も徐々に進み、自動車の安全性能は格段に高まっているとはいえ、やはり自動車は「凶器」に違いありません(勿論、大変便利なものですが)。
私も名古屋市に住んでおり、事務所も名古屋駅前の錦通沿いにあります。名古屋市内を走る錦通、広小路通、桜通などは車線も多く、しかも直線ですから、特に夜間などは相当な速度で走行する車も珍しくありません。車線変更の際に合図を出す、一時停止では止まって安全確認をする、そういったことを守らないドライバーを見かけることもあります。私は弁護士として数多くの交通事故案件を取り扱う中で、交通事故被害に苦しみ、人生を大きく変えられた被害者の方を沢山見てきました。現在の法制度では満足な救済が受けられず、弁護士として悔しい思いをしたこともあります。ですから、そうした無責任な運転行為をみると、心の底から腹が立ちます。
ただ、こうした交通事故問題を巡っては、近い将来、大きな変化が起こると考えられます。とても望ましい変化です。それは、2020年代には完全自動運転が実現される見通しとなっているためです。当然ながら交通事故発生件数は大きく減少するものと思われます。また、仮に交通事故が起きたとしても、自動車の位置情報が数センチ単位で把握できるようになるわけですから、事故態様の再現も容易になります。ドライブレコーダーのような画像情報も保存されるようになるはずです。これまでは、当事者の話や現場の痕跡などから事故態様を再現していたわけですが、そうした作業は非常に簡略化されていくものと思われます。加害者側と被害者側の主張する事故態様が大きく食い違う、という事態も少なくなるはずです。さらに、完全自動運転となれば、もはやドライバーの責任を観念しづらくなるため、責任の所在についても大きく変化していくはずです。当然ながら、法制度、保険制度の大幅は見直しが必要となってきます。
これからの10年間は、交通事故を巡る問題が大きく様変わりする時期だと思います。まだ議論は始まったばかりですが、弁護士として大変興味を持っており、今後研究を進めていきたいと考えている分野です。そのような変化の中で、交通事故被害者側の弁護士として思うのは、新しい制度が、被害者側に不利なものであってはならない、ということです。変化を見守りつつ、必要であれば、声を上げていくことも弁護士として必要なことだと考えています。
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