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2022.02.05

人身傷害保険についての私見(福岡高裁令和2年3月19日判決の整理と、派生的問題について)

目次

    はじめに

    福岡高裁令和2年3月19日判決については、別の頁で詳述したが、簡単に整理しておくと、同判決は次のように理解できる。

    ①人身傷害保険の支払後の人傷社による自賠回収は、保険法25条の想定する請求権代位ではなく、当事者間の合意(受領権限の委託)を根拠としている。

    ②したがって、裁判基準差額説(最高裁平成24年2月20日判決)によって直接規律される事柄でもない。

    ③自賠責保険は加害者の賠償責任保険であるから、その支払は加害者による賠償金支払いと同視される。

    ④後は、人傷社と被保険者との間の内部的な調整の問題である。

    人傷社による自賠回収の根拠

    上記①のような合意がない状況で、保険法25条の定める差額説のみを適用すると、おそらく次のような理解になると思われる。

    すなわち、人傷保険金の先行払いを受けた状況では、通常、過失相殺前損害額の全ては填補されないから、填補損害額に不足を生じており、少なくとも人傷社は支払った保険金相当額の全てについて請求権代位することはできない。そもそも、その時点では、填補損害額の正確な額が確定していないことから、代位できる額の算定すら困難といえる。その結果、請求権代位を根拠にすると、本来、損害額確定前の自賠回収は困難となってしまう。

    したがって、「受領権限の委託」という合意を認定することで、これまでも自賠回収は正当化されてきたのだろうと思われる。ただし、従来から、加害者との裁判確定を待って、裁判基準差額説に基づく処理以上に回収し過ぎた部分が明らかになれば、人傷社は自賠社に当該部分を返金し、返金された部分を自賠社が賠償金を支払った対人社に支払うことによって、事後的な調整が行われてきた。このような従来からの実務に照らしても、回収し過ぎた部分があるのであれば、それを返金する旨の合意が「受領権限の委託合意」には含意されているとの結論は、否定し難いのではないかと思われる。したがって、前記福岡高裁令和2年3月19日判決を前提とするならば、従前のように人傷社が自賠社に返金するのではなく、今度は人傷社が被保険者に返金がするという形で若干変容は受けつつも、返金処理されるとの結論が変わるべきではないと思う。

    保険実務がそのようにスムーズに動くのかは、今は分からない。実務上、加害者側から、福岡高裁令和2年3月19日判決を前提とした損益相殺の主張がなされることも、現状ではそれほど多くはないと思われる。ただ、実務が混乱しないよう、保険会社としてもこの問題への対応策を検討しておく必要がある。

    関連する別の問題(疑問)

    上記のように、私は、福岡高裁令和2年3月19日判決を前提とした場合、すなわち、人傷社による自賠回収は加害者による支払と同視されるとの結論を前提としても、「受領権限の委託合意」の内容として、「裁判基準差額説」を前提として可能となる回収部分を超える部分については、事後的に、被保険者への返金処理が行われることになると考えている(ただし、あくまで私見に過ぎない。)。

    そこで次に気になるのは、「裁判基準差額説」の射程である。最高裁平成24年2月20日判決は、あくまで「過失相殺」を前提として被保険者の填補損害額に不足が生じる場合を想定したものに過ぎない。しかし、填補損害額に不足が生じる場合としては、他にも、加害者が任意保険未加入(無保険)である場合も想定される。すなわち、賠償金の支払いを命じる判決は得たものの、任意保険未加入であることから、自賠責保険を超える部分は事実上回収できないという場合も想定される。

    このような場合にも、人傷社は、被保険者の填補損害額が全て填補されるように、すなわち、保険法25条の定める差額説の立場(被保険者の損害填補を保険代位に優先させる立場)及び人傷基準ではなく裁判基準の損害額を人身傷害保険における填補損害額と解した最高裁平成24年2月20日判決の立場が貫徹されるように、回収し過ぎた自賠責保険金の返金に応じるのだろうか?

    この点は私も十分検討できていないが、最高裁平成24年2月20日判決が裁判基準損害額を人身傷害保険の填補損害額と捉えているという点のみを一般化して考えると、填補損害額に不足が生じる原因について過失相殺とそれ以外の場合とで区別する理由はないと考える余地もある。その場合、「受領権限の委託合意」には、判決で確定された裁判基準損害額に不足が生じている場合には、そのような不足部分を補うための事後的な返金合意が広く含まれているという解釈になると思われる。

    しかし、最高裁平成24年2月20日判決は過失相殺の有無にかかわらず支払われるという人身傷害保険の性質に言及しつつ裁判基準差額説の立場を導いていることから、あくまで過失相殺の場面に限定された解釈との理解もあり得る。そうすると、無保険という理由から事実上填補損害額に不足が生じているに過ぎない場合には、事後的な返金合意の認定は難しくなろう。

    このように判然としない部分があることから、実務的な対策としては、人身傷害保険と自賠責保険との回収順序も慎重に検討する必要があるのではないだろうか。

    最後に

    福岡高裁令和2年3月19日判決は現在上告手続中であることから、その結果も踏まえ、これらの問題は再検討する必要があると考えています。上記は、あくまで個人的な意見に過ぎませんので、ご注意ください。

     

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